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公演&展示情報
Nibroll in 妻有トリエンナーレ2012
2012.8.24/25
echigo.jpg
プロフィール

高橋啓祐

Author:高橋啓祐
高橋啓祐です。
映像いろいろ作ってます。
on visualという映像制作会社もやってます。
ニブロールもやってます。
いろいろやってます。

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10

Category: theatre

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ニブロール始動


7月の横浜での公演、8月の妻有トリエンナーレでの公演に向けて、
稽古はじまり。
3月に大雪のなか、妻有へ取材&下見に行ったときに撮影した素材で、
とりあえず予告的なの作る。
まだまだこれからこれから。

タイトルは「see/saw」。
シーソーのこと。
シーソーの語源は、反復(see)と、ノコギリ(saw)。
だけど、seeの現在形と過去形がひとつになってるこの言葉はとってもおもしろいと思う。
今回の作品は記憶について。

「見る?」と聞いたら「見た」と、君は答える。

27

Category: diary

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授賞式。
ピクチャ 10

おめでとう!

24

Category: exhibition

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WAR EVE
ピクチャ 3

海外に行ってる間に終わってしまったこの展示会に映像作品を出品しました。
広島で被爆した方たちのインタビューをまとめたもの。
彼らははじめから「被爆者」だったわけでは当然なく、
あの日、あの時、の前まではごく普通に日常を送っていたのだということをコンセプトに作りました。
いまはもう白黒の写真でしか見ることのできない、
ずっと昔のことのようにも感じられるけど、
彼らの話をきいていると、僕らの日常となんらかわらない瞬間があったりして、
知らないことばかりだった。
今回この仕事に関われたことを嬉しくおもう。

WAR EVE
 展示会の様子

そのなかでインタビューに答えてくれた方のひとりが亡くなったという報せ。
とても残念だけど、ひとりの人の人生が終わるだけの時間が経ってしまったということか。
直接彼のインタビューをしたわけではないのだけど、
その話を聞けただけでよかったと思う。
記録していくことの意味をあらためておもう。

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Category: diary

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マレー鉄道
ヒ#12442;クチャ 7

マレー鉄道でマラッカ海峡へ。
町自体が世界遺産。
でも、なかなかえぐい観光地化。
ぶらぶらと寺をめぐる。
寺の屋根に施されてる装飾が気になってしょうがない。

ヒ#12442;クチャ 5
ヒ#12442;クチャ 4
ヒ#12442;クチャ 6

ここはマレーシアでイスラム教がはじまった土地。
ポルトガル、オランダ、イギリス、そして日本に占領され、
中国人とインド人の大量の移民がいて、
イスラム教とキリスト教、ヒンドュー教があって、
シンガポールと分裂し、
少なくとも3つの言語があるこの国が、
どうしていまこれほど平和で、
多くの人がそれなりに豊かな生活を送れているのか、
ふしぎ。

18

Category: diary

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まさかの津波警報
ヒ#12442;クチャ 3

プーケットにて。
あれ、なんか揺れてる?と思ったら、
津波警報発令。みんなで逃げる!
海の見える高台へ。
街中の人たちが逃げて行く。

高台で2時間あまり。海を眺める。海は静か。
東北で逃げた人たちは、
こうして自分の町が飲み込まれていく様を見ていたのかな。
想像しただけで、つらくなる。。。
近くの売店のテレビでM8.6の地震がスマトラ沖で起こったことをしる。

プーケットでは2004年以来、一年に2、3回、津波警報が出るらしい。
もちろんあれ以来大きな被害はないわけだが、
警報が来るたびに、こうして逃げなきゃいけないというのは大変だな。
でも、地元の人は逃げてるときも、なぜかみんな笑顔で、
さすが微笑みの国。
洪水がおこったときもそうだったけど、
悲惨な状況の写真に映る人たちはみなどこかおだやかな顔してた。
それでも当然8年前はそれぞれにそれぞれのつらい思いをしたわけで、
東北もそうだけど、なんだかんだとぼくらが慮ったところで、
これは実際に経験した人でないとわからないなと強く感じる。

にしても、こうしてたびたび警報がなると、
きっとなかには、今回もだいじょうぶだろうと、思う人もでてくるだろう。
実際に町には逃げない人も少なからずいた。
ウソつきのオオカミ少年の村の人たちように、
それでも人はいつしか忘れていくのかな。

イソップではウソつきのオオカミ少年は悪者として描かれてるけど、
あの教訓を忘れるな、というなら、
オオカミ少年のとった行動は間違ってなかったようにも思う。
少年はただのウソつきではなく、預言者だったともいえる。
ウソには主語が必要ないという。
それがオオカミだろうと、ライオンであろうと、さして変わりはないと。
であるならば、
予言にも主語は必要でなくなるともいえる。
その場合、主語はいつも神だ。
あってもなくても同じじゃないか。